JELAとは

目次


理事長挨拶

JELA(日本福音ルーテル社団)は、キリストの愛をもって隣人に仕えることを使命とする非営利団体です。

その歴史は古く、1909年に遡ります。当初は、アメリカのルーテル教会が日本にキリスト教を伝え、教育や社会福祉の活動をするための団体でした。今は、それらの活動は、宗教法人、学校法人又は社会福祉法人として独立し、各地に根を下ろしています。

JELAは、特定の地域ではなく、大きく3つの柱で幅広く活動しています。それは、難民、アジア、若者です。

難民:JELAは、各地から日本に難民としてやって来た人々にシェルターとなる住居を提供し、新たな生活に踏み出せるまでお世話をしています。
アジア:JELAは、カンボジアをはじめアジア南部における福祉の向上のために、現地のNGOと連携して活動しています。
若者:JELAは、キリストの愛をもって隣人に仕えようとする若者を育成するために、さまざまな機会を与えています。

私たちが目指すのは、聖書に書かれている「飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねる」(マタイ25:35-36)人の姿です。皆様のお支えによって、この姿に少しでも近づけるよう努力いたします。あなたも、JELAの活動に参画していただけませんか?

日本福音ルーテル社団(JELA)
理事長 古屋 四朗


組織と運営

役員

理事長古屋 四朗(学校法人草苑学園 総務・財務部長)
常務理事森下 博司(学校法人ルーテル学院 監事)
理事浅野 直樹(日本福音ルーテル市ヶ谷教会 牧師)
理事明比 輝代彦(日本福音ルーテル教会 引退牧師)
理事杉本 洋一(日本福音ルーテル熊本教会 牧師)
理事中川 浩之(東急エージェンシーインターナショナル 元取締役)
理事松岡 俊一郎(日本福音ルーテル大岡山教会 牧師)
理事渡辺 薫(日本福音ルーテル社団 事務局長)
監事安藤 淑子(WHO世界保健機関 元財務担当官)
監事三嶌 潤一郎(一級建築士事務所 代表)

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日本福音ルーテル社団(JELA)の使命

JELAの使命は、「キリストの愛をもって、日本と世界の助けを必要とする人びとに仕えること」です。それを聖書との関連で示すならば、具体的な行動として、以下の主題聖句を現代に適用したく思うのです。

JELAの主題聖句

「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが乾いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。はっきり 言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである。」(マタイによる福音書25章35~36節、40節)

これは新約聖書に書かれているイエス・キリストのことばです。

人はひとりでは生きていけません。家族や友人、知人の支えや助けが必要です。

しかし、世界にはその支えや助けがなく、困り苦しんでいる人々がたくさんいます。特に途上国においては、貧しさや医療、教育の不足が人々の命と生活に深刻な影響を与えています。また様々な事情で祖国を離れなければならない難民と呼ばれる人々がいます。

キリストはそのような人々にも愛のまなざしを向けておられます。そして、そのような助けを必要とする人々を支援し働くことは、聖書が求めている姿でもあるのです。

JELAは聖書の教えに従い、世界の中で助けを必要とする人々のために働き、キリストの愛を実行したいと考えています。神の愛は、人々の手によって具体的に働きます。あなたもその働き手としてJELAのよきパートナーになってくださるように、心からお願いいたします。

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日本福音ルーテル社団のあゆみ

1.創設期

日本福音ルーテル社団は、1909年(明治42年)に民法第34条により社団法人として当時の文部大臣の認可を得て創設された法人です。創設当初は「在日本アメリカ南部福音ルーテル教会ユナイテッド・シノッド宣教師社団」と称し、アメリカ福音ルーテル教会の宣教師を中心とする宣教師社団でした。

しかし、宣教師による宣教の伸展に伴い、邦人の幼児教育及び青年男女の高等教育に関する社会的要求並びに様々な社会的弱者の救済援護に関する社会的要求に応えるために、幼児教育施設、高等学校(旧制中学校)更には大学の設立とその維持支援に奔走し、また関東大震災を契機に老人ホーム、母子ホーム、保育所(託児 所)の設立とその維持支援に尽力してきました。

その結果、現在ルーテル系関係施設としては日本全国に、大学が2校、中・高等学校が4校、幼稚園が29園、老人ホーム8園、保育所20園、母子ホーム3園、こども養護関係施設が6施設、ライトハウス等その他福祉施設が8施設あり、その活動は合計78施設に発展しています。

2.第二次大戦下の混乱と戦後の状況

1925年の治安維持法の制定、それに基づく1939年(昭和14年)の宗教団体法の制定により、我が国における宗教情勢は大きく左右され、太平洋戦争の激化に比例して、敵性宗教と見なされたキリスト教の宣教師は帰国せざるを得なくなりました。

そして、1940年外国人全宣教師はそれぞれの母国に帰国し、1941年、当社団の名称は米国ルーテル教会宣教師社団から日本福音ルーテル社団に変更を命じられ、役員・社員共に米国人から邦人教職信徒に変更されました。当時の総資産(土地・建物)はそのまま日本福音ルーテル社団に引き継がれました。

1945年(昭和20年)の終戦により、特にキリスト教系公益法人にとって、その状況は180度転換しました。終戦の翌年1946年夏には、一部元米人宣教師が再来日してきました。戦後の米国教会による公式の日本宣教再開は、1949年の日本福音ルーテル教会総会への米国ルーテル教会外国伝道総幹事の出席により確認されました。その結果、戦災により焼失した教会堂、学校校舎及び福祉施設の再建が、当社団法人を通して米国教会より莫大な資金供与を得て行われました。

3.公益法人特別法の制定に依る活動事業の変遷

1951年(昭和26年)、公益法人特別法が制定されました。即ち、民法の中に定められた公益事業の内、学校教育事業、社会福祉事業及び宗教布教事業が、私立学校法、社会福祉事業法、宗教法人法の制定により、それぞれの特別法に基づいて独立したわけです。これによって、それまで当法人の名義によって管理されていた学校教育資産、社会福祉資産及び布教活動に属した宣教(宗教)資産とその事業は、それぞれの法人へ割譲されました。そこで、当法人は、一時的に実態としては宣教師の活動に関する資産の管理と宣教師布教事業にのみ従事する社団法人となりました。

1985年、一人の国際難民が当法人の事務所のあったルーテル市ヶ谷センターに宿泊を希望しました。しかし、市ヶ谷センターは宗教法人の運営する施設であったため、難民の保護を一宗教法人に委嘱することはできないとして、民法に基づく公益法人である当社団法人が、教会に代わって外務省よりこの難民の保護に当たることとなりました。当法人は、本来的に公益法人であり、宣教・教育・福祉の公益活動に従事することにありました故に、当社団理事会は、外務省からの国際難民の受け入れ要望を受けてこれに応えることを決断し、1990年に東京都板橋区に中古の木造アパートを購入しました。そして内部を改造して国際難民の一時宿泊設備とし外務省よりの推薦に基づいて難民申請中の国際難民を受け入れたのです。

4.現在の事業活動

1999年、事務局長が交替したのを契機に、当社団の将来あるべき姿を求めて、また我が国の公益法人制度の改変に備えて、当法人にふさわしい公益活動を 開発することに着手しました。またそれに平行して、宣教事業・教育事業・福祉事業を継続できるように、当社団の定款改正を文部科学省に申請しその認可を得ました。その結果、従来の難民救援事業に加えて、国際青年交流奨学金事業、音楽によるターミナルケア奉仕者養成事業(リラ・プレカリア)、国際困窮児救援事業、国際ボランティア派遣事業等が開発され、順次実施に移されました。また日本福音ルーテル教会との協力事業として青少年の育成、リーダー養成などのプログラムを積極的に展開しています。

その後、2008年(平成20年)12月に施行された公益法人制度改革関連3法にしたがって、一般社団法人としての申請を2012年6月29日に行い、2013年1月4日より一般社団法人としての新たなスタートを切りました。2013年4月には、日本エキュメニカル協会より、JELAの超教派的でエキュメニカル運動を促進する事業が評価され、「エキュメニカル功労団体」として顕彰されました。

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ジェラ・ミッション・センターについて

1階ホールのステンドグラス

JELAのオフィスである東京・恵比寿の「ジェラ・ミッション・センター」の1階には、多目的ホールが備えられています。ホールの正面と右側面にはそれぞれオリジナルのステンドグラスがあしらわれています。

ホール正面のステンドグラス(写真上)のテーマは神様による天地創造です。富士山、田畑、桜、そして北斎の版画にある波をあしらった図柄からわかるように、日本も神様が人間におくってくださった素晴らしい創造の賜物の一部です。明るい青は地球をおおう海を示します。そして、地球以外にも太陽、月、星といった神様の創造物が描かれています。

地球の中央にはルーテル教会を象徴するバラの花が描かれています。真ん中の十字架は、人間の生命とあらゆる被造物の中心である神様を表現しています。十字架こそ、神様がご自分の独り子、イエス・キリストを犠牲にして人類にお示しになった至上の愛そのものです。このステンドグラスは、ヨハネによる福音書3章16節に「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」と記された神様の愛を示すものです。

右側面の6枚の図柄(写真上 左より)は、マタイによる福音書25章35節~40節「あなたがたは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた。」を描写したものです。それぞれの上部の窓に描かれた絵は、人間に対する神様の愛を示します。下の大きい絵は、クリスチャンである私たちの、人々に対する憐れみの行為を示します。そしてまた、私たちが他者に助けの手を差しのべることは、キリストご自身に対してそれをすることでもあります。つまり、人々に向けた私たちの慈悲の行為は、イエス・キリストご自身への私たちの愛の行いとなるのです。

それぞれの絵は関連があり、上下で一対となっています。私たちがキリストを理解し、それを受け入れるとき、神様が私たちをとおして働いてくださり、助けの必要な人々に手をさしのべる行為が実現するからです。6枚のパネルに登場する白い手は、私たちをとおして働かれる神様の憐れみの業を描いたものです。

ステンドグラスの制作者

ジェラ・ミッション・センターのステンドグラスはリチャード・ケイメラー氏がデザインしました。ルーテル教会員の氏は、米国ワシントン州シアトル市の東 にあるレベンウォース北部の丘に建つGrunewald Guild(米国有数のクリスチャン芸術家のための学校)の創立者であり、運営責任者です。芸術を通して自身の信仰を表現する氏の作品は、米国のみならず世界中で知られています。雪をかぶった山の素晴らしい姿、きれいな水、黄金色の牧草地に囲まれて生活するケイメラー氏は、それらの息吹を作品に取り込んでいます。氏の作品は、日本の著名な版画家・渡辺禎雄氏とともに学んだ経験、友情にも影響を受けています。

材料の選定、切り出し、配置と組み合わせといったステンドグラス制作の実際的な部分は、同じくレベンウォース在住のジンマーマン夫妻を含む4人のチームが担当しました。4人は1年以上の歳月をかけ、ジェラ・ミッション・センターのステンドグラスを完成しました。ジンマーマン夫妻は20年以上前にシルバームーン・スタジオを設立し、ステンドグラスの制作とガラス工芸に取り組んでいます。

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